2009年10月17日

ホンダムマークは御神紋???

またまたネタが前後してすみません。

「毎年体育の日近くになると、お囃子が聞こえると思ったら、この辺のお祭だった。」

東鞍馬通りにて

そう豚児に教えてもらった翌日(11日)の午後、祇園祭のコンチキチンに良く似た拍子が、だんだん近くに聞こえてきます。

音のする方角(カレーのアジャンタの方)に行ったら、東鞍馬通りの向こうから、大勢のさらし法被姿の人々に太鼓に剣鉾、お神輿が練り歩いてきました。この界隈の氏神様北白川天神宮の還幸祭です。

布令太鼓

一乗寺の八大神社でも見ましたが、こちらもまた大層立派な剣鉾です。粟田神社のそれが有名ですが、祇園祭の山鉾の原型だと言われるだけあって、あちこちの神社に伝わっているのかな?

剣鉾

剣鉾は「壱之鉾」「弐之鉾」「参之鉾」と称されるものが3本あるそうです。一見、よくある氏神様の秋祭りという風情ですが、太鼓、剣鉾に続いて裃姿の氏子(世話役?)、「大人神輿」「女神輿」「子供神輿」が3基、宮司さんを乗せた人力車と、なかなかどうして「京都」です。

男衆
造形芸大前にて
子供神輿も本格的
車夫の半天には「同志社大学」の文字

通りに「白川太鼓」と書かれた旗がありましたが、京大青龍会(ホルモーかよ)ならぬ、「布令太鼓・白川太鼓青龍会」という保存会の方々が継承活動をしているそうです。

リカーハウス前にて

法被の柄が独特というか、いくつも紋が入っていて、後で神社に行った時に氏子である各家庭の玄関に掲げられた提灯にも、同じような数種類の紋が描かれていました。それぞれの家紋かと思ったら違うようで、描かれたのは「立ち楓」「立ち葵」「三階松」、あとはちょっと見たことの無い「刀が2本」。この内の二つが描かれたものが、数種類のバリエーションとして確認できました。

法被
ちょっとカッコイイ紋

「立ち葵」ったら「戦国BASARA」的な意味で、家康よりヒーローの国最強本多忠勝の家紋じゃん!郷土の英雄の紋所に、ちょっと嬉しくなりました。(BASARA3では家康がイケメンヒーローになるぜ!)

ホンダム紋
三階松

葵紋だから徳川家ゆかりの何かがあるのかな?神社本殿の提灯の神紋は一般家庭や法被のそれとはまた違い、何だか色々込み入った事情があるようです。

綿菓子を買おう

神社は銀閣寺の北側の山あいで、入口には屋台が数件並んで子供達で賑わっていましたが、100段以上の階段を上がった先の本殿は、還幸祭も済んだせいか既にひっそりとしていました。

祭りは終わった

天神さんですが御祭神は菅原道真公ではなく、天使突抜(てんしつきぬけ)の五條天神社と同じ「少彦名命(すくなひこなのみこと)」です。

白川女の碑もあり、春は隠れた桜の名所でもあります。

白川女の碑がある






Posted by いたのり at 22:00│Comments(2)
この記事へのコメント
北白川に住んでいたのに、こんな立派なお祭りがあったなんて知りませんでした。もっとも学生の時は見てもあまり興味はなかったかも…。北白川天神宮の存在を知ったのも最近です。白川女は私の下宿近辺でも見かけました。頭に花を載せた姿ではなく、荷車で女性が引いていました。服装はしっかり白川女でした。現在は保存会の皆さんが活動しているようですね。舞妓さんのように脚光を浴びることはありませんが、いつまでも京都の歴史ある風俗として彩りを添えてほしいと願っています。
Posted by 東山三十七峰 at 2010年02月19日 17:12
北白川天神宮の前の細い道が、本来の志賀越(山中越)道
なのだそうで、貴人の牛車や戦国武将が行き来していたと思うと
歴史ロマンを感じます。

白川女は、保存会の方の行列を時代祭で見ただけで、実際に
北白川の地で見かけたことはありません。東山さんが下宿して
いらっしゃった頃は、もっと静かで花売りの似合う町だったのでしょうね。
Posted by いたのりいたのり at 2010年02月24日 01:15
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