2009年07月11日

祇園祭のひみつ2*北の祇園社・神紋の謎

前回からの続き・・・

神紋(社紋)は、祭神や神職氏子の由緒に基づくということで、「三つ巴と五瓜唐花 (みつどもえとごかにからはな)」という同じ紋を持つ一乗寺の八大神社八坂神社は、何らかの関連性があるようです。(神社の紋所は圧倒的に三つ巴が多いそう)

八大神社

八坂神社

神社のヒエラルキーってのが良くわかりませんが、この二つは同格で、八坂神社は元は「祇園社」(明治維新の神仏分離にともない「八坂~」と改称)、八大神社は「北の祇園社」と称されたそうで、この辺りに繋がりがありそう。

八大神社は永仁2年(1294年)からある、京都一乗寺の氏神さまです。古くから「北天王」(北の祇園)と称され、皇居守護神十二社中の一つにもなっています。御祭神は「スサノオノミコト・イナダヒメノミコト・ハチオウジノミコト」で、方除・厄除・縁むすび・学業の神様として厚く信仰されています。(八大神社公式サイトより)

八坂神社はスサノヲノミコト(素戔嗚尊)、クシイナダヒメノミコト(櫛稲田姫命)、ヤハシラノミコガミ(八柱御子神)を祀るとあります。

八大神社公式サイト
八坂神社公式サイト

提灯に「三つ巴と五瓜唐花」

クシイナダヒメノミコト(櫛稲田姫命)は「クシナダヒメ・イナダヒメ」とも言い、ヤハシラノミコガミ(八柱御子神)は「八王子・八将神」とも呼ばれ、四方八方を司る方角の守護神でスサノオの子(御子神)。

そしてスサノオノミコトと仏教の牛頭天王の双方が、行疫神(疫病をはやらせる神)とされていた為に神仏習合。行疫神を慰め和ませることで疫病を防ごうとしたのが「祇園信仰」の始まりとされる。(Wikipediaより)

おお!つながった!双方の祭神が同じでした。ビミョ~に名は違うが根っこは同じってのが多いのよ、日本の神様は。

Wikipedia「祇園信仰」
八坂神社に改称された理由も記されています


宮本武蔵のせいで、武道、勝利に御利益!というイメージがある八大神社でしたが、祇園祭の山鉾の原型の「剣鉾」が伝わり、八坂と神紋が同じ謎が解けました。「豆知識」のつもりが、かなり本格的な知識になった。オタクはこだわり出すとキリが無いんだぜ。やあれやれだぜ。

八坂神社西楼門にて、暑いが涼しげ


残り気になるのは「皇居守護神十二社中の一つ」というので、あと11社はどこだ!?

七福神巡りや「東京魔人學園」の不動巡りみたいな「京都皇居守護神十二社巡り」がありそげですが無い。八坂神社のサイトには、「京都五社巡り」ってのが載っていたが数が足らない。結局こちらに関しては、詳しいことはわからずじまいでした。教えて!宗像教授稗田礼二郎


ところで五瓜唐花って他にも見た覚えが・・・織田家の家紋?

つづく

魔王





Posted by いたのり at 21:52│Comments(0)
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