2008年07月29日

名も無き王の為の洋菓子*村上開新堂*

アーケードは御池通りまで

村上開新堂」は市役所の横の寺町通を暫く北上した所。池波正太郎のエッセイで知りました。

まっすぐ行くと一保堂茶舗

外から見ると飾り気の無いあっさりした作りのお店で、最初は気が付かずに通り過ぎて「一保堂茶舗」まで歩いて行ってしまいました。しまった!逆戻り。

シンプルな西洋風

店内は、自分の地元にある昔からやってる和菓子屋さんに似た感じ。どっしりした陳列ケース、黒光りする建材、真夏でも少し暗くてひんやりした雰囲気(冷房利いてたけど)で、洋菓子店、ケーキ店ってイメージからはちと離れている。焼き菓子中心で、冷蔵ケースじゃないのが一番の違いかな。

クッキーの箱は予約品?

奥に置かれたブリキのガラスケースが郷愁を誘いますが、同じ寺町通沿いのお菓子屋さんでも、バッチリ現役で使われていました。昭和レトロ。

残念ながらばら売り不可
あられの計り売り

陳列ケースの中には、箱入りのクッキーと、見た目も可愛いロシアケーキ、そしてエッセイに登場するみかんの丸ごとゼリー「好事福盧(こうずぶくろ)」・・・は、季節外れなので代わりにオレンジの丸ごとゼリー。

袋に小分けしたクッキーもありましたが、手作り市で色々買った後だし、暑い中まだ外を歩く予定だから、ここはやっぱりロシアケーキ!いくつか選んで包んでもらいました。

オレンジです

クッキーでもビスケットでも無く、ロシアケーキ。
彼の地にこういう焼き菓子があって日本風にアレンジしたとか、ロシア人の製菓技術者が日本に伝えたとか諸説あるようです。

おいしそ~

その昔、お土産に良く貰ったのは、スタバのクッキーぐらいデカくて、真ん中に必ずまっ赤っかなドレンチェリーが乗っていた。昭和30~40年代中期頃までは「ちょっとしたおみや、お茶菓子」の地位を誇っていました。

ケーキと名が付くものはこれと、バラの形のクリームに当時は仁丹と呼んでいた銀色のアラザンが振りかけられたバタークリームケーキ、紙袋に包まれたレモンケーキぐらいだったなあ。

その後、生クリームケーキやその他諸々のスイーツ(笑)の普及とともに、急速に廃れて見かけなくなりました。今も製造しているメーカーはありますが、ここのように店頭でばら売りをしているのは珍しいと思う。

大いなる謎

外に出てから気が付きましたが、西洋菓子なのにこの包み。何故にエジプト???

メンフィスが食べるのか?名も無き王に捧げるのか?

見た目通りの懐かしい味で、次は箱入りクッキーをお土産に買いがてら、紙袋の由来を尋ねてみるとするか。

寺町会ホームページ

全然関係無いけど、丸山書店の袋には、かのパイオニア10号に搭載された金属板の図が印刷されていました。

カール・セーガン博士を偲ぶ





Posted by いたのり at 23:16│Comments(0)
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