2009年03月22日

大人の修学旅行R*二条城休憩所でコーヒ牛乳を飲みつつ考えた

引き続き修学旅行の王道「二条城」・・・のレトロな休憩所で、「何で京都は何回も来ているのに関わらず、しっかり見た気になれないのか?」の謎を考えております。

我が家は親子2代小学校の修学旅行は奈良京都で、泊まったとこも同じ本能寺の隣の、県指定の宿「本能寺会館」。親子共通の話題で会話が弾んで、これはこれで実によろしい。因みに中学の修学旅行がこれまた同じく日光東京方面。豚児は新幹線だったが、父母の頃はだな、「こまどり号」という修学旅行専用列車だったんだぜ。

京都は「コーヒ」表記が多いが、ここは「コーヒー」もある

そんな具合に大抵の日本人にとっては「京都旅行=修学旅行」、もしくはそれに近いスケジュールの慌しい団体旅行だもんで、「今度行ったらゆっくり見よう!」と、人は心に決めるようです。

で、再び京都を訪れた際には、例えそれが個人レベルの旅でも、「せっかくの京都だから、ここも見よう!あそこも行きたい!」と欲張って、結局「よく見たような、見ていないような」という同じ轍を踏む羽目になるようです。

湯煎したコーヒ牛乳の紙蓋をおばちゃんが開けてくれました。懐かしい味

オフシーズン(特に冬)のガラ空きの有名寺院等を、一日せいぜい2~3箇所ゆっくりじっくり見て回る方法が、「行ったことは行ったけど、あんまり記憶が無い状態」に陥らないで済むと、ようやく悟ったところで、これはタクシーの運転手さんが「まあ、ボクらは儲かりませんが・・・」の前置き付きで教えてくれた「京都の賢い観光の仕方」だったりする。

誰もいない冬の永観堂(仏像が盗まれないか心配)

それには、観光名所や伝統文化が目白押しの中で、「ここもあそこも」の心理的誘惑にまず勝つことが要求されます。でも何かすぐ近くにあるのに行かないでいると、物凄い損した気になるのよ~。

人に「京都に行った。」と話すと、ほとんど必ず「どこ廻ったの?○○寺は?××は行った?」と訊かれる&「行ってない」と答えると「あそこはいいよ~。」と言われて何故か負けた気もする、そんな心理戦に惑わされないのが重要。

二条城地面にこんなんが。埋めたケーブルの目印か?

あっちもこっちも観光にいいよ!行かなくっちゃ!え~、行ってないの?(プ)とシーズン毎にJRや旅行雑誌に旅番組が煽りまくってくれる辺りが、「良い所だからもう一度行きたい。」じゃなくて、「あんまり良く見られなかったから、また行きたい。」気持ちにさせる姑息なリピーター誘致策のような気もする。

電圧が弱い?

あと、これは受け入れ側の問題ですが、その場での説明がガイドブックとまるっと同じで、これでは観光が「レンタルデータ写真やライターの記述の通りか確認をする単純作業」になってしまう。最近はもっと詳細な説明やミニ知識みたいなのが寺社のHPに載っていたりしますが、ネットじゃなくて現場で知ることに意味があると思うのに・・・。

休憩所からの眺め

立派、綺麗、歴史ある、風情あるだけじゃない、その裏の、どんなくだらない小さなことでも良い、一般にあまり知られない「何か」をその場で知ることで、初めて知的好奇心が満たされて「細部にわたって見た気になれる。」

(オタク心が満たされるって言うのかな?嘘ネタは困るが、昔の少年雑誌の柱の豆知識みたいのでいいんだが。)

「へ~、そうなんだ的小ネタ」のTV番組だらけですが、何故か京都はトリビアやVOWネタがあまり表に出なくて(一見さんお断り的閉鎖性や観光イメージ保持の為もあるだろうが)、それがいよいよ「しっかり見ていない。良く知らない。」感覚に拍車をかける気がします。






Posted by いたのり at 15:01│Comments(0)
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