2008年11月28日
原型竹谷隆之希望!*鞍馬寺・阿吽の虎*
そんなワケで、叡山電鉄パノラミックカー「きらら」に乗って鞍馬に行って参りました。
あんまり階段や坂道が続くなら、山門程度で引き返そうと事前にバアちゃんと話していたのですが、来ちゃったからには、せっかくだから本殿まで行きたい!ってのが人間(特に年寄り)の心理。


全国でも珍しいお寺が運行するケーブルカー(鋼索鉄道と書くとカッコイイ!)を団体客に混じって待つこと30分・・・つづら坂を歩いて登っても約30分だそうです。若い方は歩いてくださいと、乗り場の係りの方(お坊さん?)が言っていました。(片道100円、2分と乗らない)

ケーブルを利用したものの、いや~登った登った。ケーブルから降りて更に歩いた。でも登った甲斐はあって紅葉はキレイ、見晴らしもイイ!
鞍馬寺HP

で、本殿金堂前に鎮座する狛犬が変わっていて、哲学の道脇の大豊(おおとよ)神社のはネズミや猿やトンビですが、ここのは阿吽一対の虎!造形が竹谷隆之の妖怪陰陽絵巻的ってか、そんな感じ。


(本来は獅子と狛犬で一対の空想上の守護獣で、向かって右側が口を開いた「阿像」で獅子、左側が口を閉じた「吽像」で狛犬なんだそうな。平安時代に確立した形で、狛犬の方には角があるとか。詳細は書籍でどうぞ。)

ここの御本尊の一尊の毘沙門天が御出現されたのが「寅の月、寅の日、寅の刻」で、虎は毘沙門様のお使いの神獣だそうです。売店で売っていた土鈴は可愛いかったですが、これを名のある造型師に頼んでフィギュアにしたらスゲーのできるだろうな~。

御本尊の「尊天」(中央の毘沙門天、向かって右の千手観世音、左の護法魔王尊)を拝み、これ以上はよう行かんと、同じ道を引き返しましたが、まだまだ奥が深く、奥の院魔王殿という名に大いに惹かれました。

650万年前(!)に金星から地球に降り立った「魔王尊」が祀られていて、その体は通常の人間とは異なる元素から成り、永遠に16歳のままであるという聞きようによってはえらく中2病的設定に、いよいよオタク(腐女子?)魂が動かされました。
パパ「惜しい!魔王伝なら秋せつらだ!」
子供「惜しい!業魔殿ならビクトルだ!」
大豊神社狛犬ルポはこちら
あんまり階段や坂道が続くなら、山門程度で引き返そうと事前にバアちゃんと話していたのですが、来ちゃったからには、せっかくだから本殿まで行きたい!ってのが人間(特に年寄り)の心理。
全国でも珍しいお寺が運行するケーブルカー(鋼索鉄道と書くとカッコイイ!)を団体客に混じって待つこと30分・・・つづら坂を歩いて登っても約30分だそうです。若い方は歩いてくださいと、乗り場の係りの方(お坊さん?)が言っていました。(片道100円、2分と乗らない)
ケーブルを利用したものの、いや~登った登った。ケーブルから降りて更に歩いた。でも登った甲斐はあって紅葉はキレイ、見晴らしもイイ!
鞍馬寺HP
で、本殿金堂前に鎮座する狛犬が変わっていて、哲学の道脇の大豊(おおとよ)神社のはネズミや猿やトンビですが、ここのは阿吽一対の虎!造形が竹谷隆之の妖怪陰陽絵巻的ってか、そんな感じ。
(本来は獅子と狛犬で一対の空想上の守護獣で、向かって右側が口を開いた「阿像」で獅子、左側が口を閉じた「吽像」で狛犬なんだそうな。平安時代に確立した形で、狛犬の方には角があるとか。詳細は書籍でどうぞ。)
ここの御本尊の一尊の毘沙門天が御出現されたのが「寅の月、寅の日、寅の刻」で、虎は毘沙門様のお使いの神獣だそうです。売店で売っていた土鈴は可愛いかったですが、これを名のある造型師に頼んでフィギュアにしたらスゲーのできるだろうな~。
御本尊の「尊天」(中央の毘沙門天、向かって右の千手観世音、左の護法魔王尊)を拝み、これ以上はよう行かんと、同じ道を引き返しましたが、まだまだ奥が深く、奥の院魔王殿という名に大いに惹かれました。
650万年前(!)に金星から地球に降り立った「魔王尊」が祀られていて、その体は通常の人間とは異なる元素から成り、永遠に16歳のままであるという聞きようによってはえらく中2病的設定に、いよいよオタク(腐女子?)魂が動かされました。
パパ「惜しい!魔王伝なら秋せつらだ!」
子供「惜しい!業魔殿ならビクトルだ!」
大豊神社狛犬ルポはこちら
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この記事へのコメント
今は昔、私がR大に在学していた毎三月下旬には、そのシーズンの必勝祈願のために鞍馬寺にお参りするのが慣わしでした。貴船口で電車を降りて歩いて貴船に行き、山を越えて鞍馬に抜けたように思います。(逆のコースだったかも)男女共袴姿でした。
さすがに弓矢は持ちませんでしたが、よくあんなかっこうで行けたものだと感心しています。いつからこの慣わしが始まったのかは不明ですが、30年近く経った現在も後輩達は、同じように行っているのでしょうか。叡電は三宅八幡駅の近くにD大の弓道場があったので、定期戦の時に時々利用していました。D大の道場の中には学祖新島譲の肖像画が掲げてあり、心の中で「これが歴史の教科書に掲載されていた新島ハンか。さすがやねぇ~。」と感心しておりました。
さすがに弓矢は持ちませんでしたが、よくあんなかっこうで行けたものだと感心しています。いつからこの慣わしが始まったのかは不明ですが、30年近く経った現在も後輩達は、同じように行っているのでしょうか。叡電は三宅八幡駅の近くにD大の弓道場があったので、定期戦の時に時々利用していました。D大の道場の中には学祖新島譲の肖像画が掲げてあり、心の中で「これが歴史の教科書に掲載されていた新島ハンか。さすがやねぇ~。」と感心しておりました。
Posted by 東山三十七峰 at 2008年11月28日 16:18
地図で見ると貴船~鞍馬ルートは逆コースのようですね。
魔王殿へはこちらの方が近いようなので、次は貴船口から行ってみようと思います。
貴船というと京都らしい景色そのものの「川床」!一度体験してみたいです。
魔王殿へはこちらの方が近いようなので、次は貴船口から行ってみようと思います。
貴船というと京都らしい景色そのものの「川床」!一度体験してみたいです。
Posted by いたのり
at 2008年12月03日 01:52
at 2008年12月03日 01:52


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