2011年06月29日

ちくしょう、歯医者ばかりではないか*京都のお医者さん

「テニス肘」なんてまるで遊んでいるようなムカつく名の病魔に取り憑かれて(「保健室の死神」打ち切りだよ~!)、左腕が痛くて痛くてどーにもならんオバサンです。



つげ義春の「ねじ式」のメメ(本当は××)クラゲに刺されたアンちゃんみたいに、左腕を押さえて京都を彷徨うわし・・・。


門跡!由緒ありそう!

ねじ式ごっこしながら歩くせいか、色々な医院が眼に入って面白いです。しかし、歯医者が多い・・・中京区は特に多いのか?やけに目に付くんですけど。


町家カフェ風


イイ味出してる丸太町通の医院(開いてるとこ見たこと無い)


三条通の近代建築ビルとともに目を引くレトロな歯科医院

妙に古めかしかったり風情があって、元々和洋折衷の医院建築が好きなので楽しいです。痛いのは治らないけど。





焼き小籠包

そんな歯医者の中で、特に乙女ゴコロをくすぐる可愛さをかもし出すのはここ。新京極アーケードのMOVIX京都の向かいにあります。(一軒置いて隣の焼き小籠包は熱々で美味しいが移転するそうな)


診療時間等の案内も何も無い。開業しているのか?



一見何の変哲も無い歯科医院ですが、よく見るとドアに可愛い歯のキャラクターが!


この指・・・じゃないこの歯パパ!って感じ

窓ガラスも!



外灯も!


ドアと同じデンタルな一族が!当院のオリジナルキャラか?

とにかく「歯」をモチーフに!というポリシーが感じられます。もしかすると「顔の家」ぐらい大胆にやりたかったのかもしれません。どこまで歯にこだわっているか医院内部が気になりますが、焼きおにぎり食べてて取れちゃった詰め物は、先日入れなおしてお掃除もキレイに済んだとこなのだ。


ライトアップされたとこが見たいねえ

しかし腕が痛いな。イシャはどこだ!?


三条の歯科医院前の自転車の仕出し屋さん。クウネル2010年7月号に載ってた人かな?


  


Posted by いたのり at 23:30Comments(3)

2011年06月22日

×京都観光で神社 ○京都で観光神社*京都御苑にて

左京区の時は白川疎水沿いや哲学の道でしたが、豚児の中京区への引越し以来、散歩は専ら京都御苑になりました。


宗像(むなかた)神社の入り口際にある

御苑内のちょっと変な物件。



京都観光神社

平安神宮やら八坂神社を参拝して巡る「京都神社観光」ではナイ。

石碑によると、恵まれた観光地京都に感謝の念を表すとともに、業者と市民の家運隆昌を祈念して昭和43年に建立とある。神社界ではかなりの新参モノです。

肝心の訪れる多くの観光客(金ヅル)の無事と安全には、特に言及していないのが気になりますが、まあいいや。



お祀りしているのは猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)だそうです。天孫降臨の際に道案内をしたことから、道の神、旅人の神とされ、道祖神と同一視もされたとか。う~ん、手塚治虫の「火の鳥」の鼻のデカいおっさんしか思い浮かばんわ。




なるほど京都は観光都市だ


下宿探しをしている時に「御苑は結構猫がいますよ~」と、エリッツだかアパマンだかの営業の兄ちゃんの話でワクワクしていましたが(猫いる?と訊くオバサンもオバサンだが)、転居したのが冬だったせいか見かけない。暑くなってからようやく見つけた一匹!





拾翠亭の茂みにスッポリはまっていました。カワユス。

環境省・京都御苑案内


おまけ。寺町通りの三月書房の隣の五色豆屋さんの店先にて。たまらん。




船はしや総本店の看板猫か?

五色豆の船はしやの看板猫についてはこちら

  


Posted by いたのり at 23:34Comments(0)

2011年06月10日

本物の折田先生に会いに行こう!*三高記念館設置準備室

震災で今年は「不謹慎」の謗りでも受けたのか、早々と撤去された「ミスターコンタック折田先生像」でした。



個人的には公式(?)サイト「折田先生を讃える会」に掲載された一足先に出た偽物(?にせほるん先生)とやらの看板裏にさりげに登場していたTHE ビッグオーネタが今も気になってしょうがない。


歴代ハリボテ折田先生についてはこちらへ

折田先生入門ガイド「前略 折田先生」


ハリボテ折田先生自体が既にフェイクなんだから、贋作の更に贋作が出たってことなのか。では正真正銘の本物は?

・・・とゆーことで、折田彦一先生像の真作を拝見して参りました。


旧石油化学本館北側の入り口から入る



場所は京大吉田キャンパス内、時計台左手の「ノーベル賞の館」こと旧石油化学本館2階の三高記念館準備室

かつてはハリボテ像と同じ場所に据えられていたものの、当時華やかなりし学生運動のとばっちり食らって、新春かくし芸大会のハナ肇の銅像並みに、落書きやらイタズラをされるもんだから、とうとう引っ込められて長年日の目を見なかったそうですが、三高記念館建設に先んじて開設されたここで、めでたく公開の運びとなりました。



入室目的をノートに記入。ざっと見たところ「折田先生を見に!」というのが多かった。大人気です。




学校にこんなのあったなあ

耐震用補強工事が済んだ建物内は、それなりにレトロな雰囲気。10畳くらいの室内には、団旗や太鼓、校門プレート、欄間、徽章といった当時のものが色々と展示されていました。






折田先生はその中でも「展示の要!」という感じで、奥に堂々と鎮座ましましていらっしゃる。


悪戯の心配も無く、心なしかホッとしたような表情に見える


島津、西郷云々という文字しか判読できない

旧制高校出身の恩師が、授業中に嬉々として語ってくれたバンカラ学生生活や、「疾風怒涛(Sturm und Drang シュトゥルム・ウント・ドラング)」という言葉が思い出されます。嗚呼青春。


奥は資料館完成予想図

資料の多くは、現在3箇所に別れて準備室として陳列されており、いずれ資料館が設立されてまとめられるそうです。(三高OB長年の悲願だったらしく、3代ぐらい京大総長に掛け合い続けて、何とか実現できることになったそうな)




当時の三高入試問題も展示されていましたが、出題文が英文!英語の入試問題じゃないのよ!!!

まずは設問を和訳して、それから幾何の問題を解く・・・Yahoo!知恵袋で二度手間ですね。

本当にエリートで頭が良かったんだと、一応まだ土曜半ドンを知ってるゆとり初期世代の豚児と感心しきりでした。




昔の地図が面白い

「良く来てくださいました。あまり人が来ないので・・・」と、帰り際に職員の方が記念絵葉書をくださいました。ありがとうございました。


追記・・・その後、折田先生像は京大時計台記念館に常設展示されることになりました。

京都大学時計台記念館歴史展示室常設展


旧石油化学本館正面


その中


京大でも学力低下は問題になってるらしい・・・

  


Posted by いたのり at 23:09Comments(0)