2010年11月27日

元は札付きの悪だったが?*元悪王子町仁丹町名看板と悪王子社

仁丹ホーロー町名看板で、変わった名前(地名)を見つけました。



元悪王子!?

わ~い!悪だ!闇だ!暗黒だ~!


豚児が言うには「ドラッグオンドラグーン」の主人公が元王子で相当な悪だったらしい

光に敵対する闇の王子、バルムンクフェザリオン!通称「漆黒の風」!必殺技は「ダークファキナウェイ」!(@銀魂

先だって庭に蒔いた西洋オダマキの「アキレゲア ブルガリス(色・ダークブルー)」以上に、オバサンの中二ゴコロをくすぐりますなあ~。光と闇なら、断然闇にクラスチェンジしたい人間だもん。


黒椿「ナイトライダー」も植えました

『元』ってとこに、新しくできた仲間達のおかげで闇の世界から足を洗って、「敵の時は恐るべき相手だったが、味方になるとこれほど心強いうんたらかんたら・・・」という、極めてジャンプ的なキャラクターを想像させます。かっけー!

どっかに善の、光の王子はおらんのか?




・・・とまあアホな妄想はここまでにして、近くにマナストーンじゃない、地名のイワレ因縁を示す何かが無いかと見回したらありました。



悪王子社!?

拡大して読む
悪王子社詳細、サムネイルだからポチして読んでね

悪王子の『悪』とは『強力』って意味で、『元』ってのは『ここが本家本元!』という意味でした。天使突抜といい寺町といい、秀吉はあっちゃこっちゃでやらかしているな。



スサノオノミコト
は八坂神社の主祭神ですが、現在は八坂神社本殿東側に並ぶ摂社(せっしゃ、その神社の祭神と縁深い神を祀るお社)のひとつに悪王子社があり(ここに至るまで転々としたらしい)、そこから元々あったこの地に御霊分けをしていただき、祀り奉ったそうです。

八坂神社HP

日本神話だと荒ぶるというか、やんちゃしまくっているイメージのスサノオ神が、街角にひっそりとおわすのもまた京都なり。


仁丹ホーロー町名看板の詳細記事はこちら


  


Posted by いたのり at 21:17Comments(3)

2010年11月21日

写真はイメージです?*2010年盛秋金戒光明寺編キャンペーン

毎度のことですが、麗しの『そうだ京都行こう』イメージを損なうガッカリネタなので注意!




今秋の「そうだ 京都、行こう。」ポスターに釣られて、金戒光明寺まで行ってみたオバサンです。(行ったのは先週だから、今はもっと色付いているはず)

あれれ~?この写真何か変だよ~!
(声・高山みなみ「名探偵コナン」)


実際に行った人は全員、小五郎のおっちゃんでも気が付くレベル

ポスターですが、紅葉で敷き詰められた石畳もしくは、紅葉した生垣のようなものが写っていて「ほほう!」です。が、去年の紅葉シーズンにも来たけれど、こんなきれいなトコあったっけ?つか、全く記憶に無い。てか、実際に無いし。



去年撮った写真にも「らしい」ものは写っていない。一昨年のも。

「せっしょうまる」じゃなくて「せいしまる(勢至丸)」は開祖法然上人の幼名だそうな


公式サイトでCMを見直したら、手前の道の石畳と落ち葉っぽい。

「そうだ 京都、行こう」キャンペーン公式サイト

「ジョーダンではありません」というカタカナ言い回しの入るコピーが、80年代バブル風糸井重里的「古さ」が感じられますね。



こんなにみっしり落ち葉で埋まる程モミジの木は無い
中央左の紅葉した木の上の枝も良く見ると不自然



かなりローアングルで電線が映らないようにしている



ちなみにポスターには「平成21年11月18日撮影」とありますが、去年の同日に自分は行ってるんですわ。(画像のexif情報見たらまさにその日だった。翌々日に京大11月祭に行ったから間違いない) 

撮影は多分観光客の来ない早朝でしょうが(でないと日清ラ王の剣岳CM撮影みたいな事態になる)、こんなに色付いてなかったけどなあ・・・。



昨年11月18日撮影。ポスターと違い左下のモミジはまだ色付いていない




レタッチとかフォトショだけでなく、3DCG、クロマキー、マット合成、オプチカルプリンターという円谷プロ的単語が、何故か次々と頭に浮かぶオタクなオバサンでした。




しゃあないと山門後ろの道を西に行くと、紅葉した生垣が。おお!美しい!



隣のお寺の生垣がきれい


今回一番の紅葉ポイントはここでした。まあ、満足。


それにしても、広告業界ってのはそーゆーもんだが、この手のポスターやCMにも、

※写真はイメージです

というエクスキューズが必要になるかもしれません。


  


Posted by いたのり at 03:13Comments(2)

2010年11月04日

となりの重要文化財さん*仁丹ホーロー町名看板

前回からの続き・・・

二条のくすりまちで「アレは珍しいから!」と、地元の御婦人に教えていただいた仁丹マークのホーロー町名プレートですが、街歩きをしていると結構見かけます。

二条くすりまちのダブル仁丹さん。2階にあるのも珍しい。




いきなり脱線するけれど、昔・・・昭和30~40年代初頭のケーキ=バタークリームケーキ(知ってる?生クリームじゃないのよ)には必ずと言っていいほどバラの花形のクリームの搾り出しがデコレーションしてあって、その上にパラパラと銀色の粒々が振りかけてあったが、「アラザン」なんてしゃれた製菓用語なんて知らないから、皆これのことを「仁丹」と呼んでいた。ケーキに薬は振り掛けないと今は理解できるが、とにかく大人も子供も、ああいうのはすべからくジンタンだったよなあ。

枡形商店街の近くにて




ホーロー板は仁丹だけでなく、アリナミンナショナル洗濯機等色々あり、どれも年季が入っています。最も新しめでツマラナイのは、ロータリークラブやライオンズクラブのもの。


一乗寺にて。近くに武田製薬の薬草園があるから?

これらは正式には町名板住居番号表示板と言って、合わせて「住居表示プレート(板)」と称するそうな。でもって、京都市は何故か電信柱や塀なんかに良く貼ってある役所管轄の「普通の住居表示板」をあまり見かけなくて、あるのは前記の仁丹だのアリナミンだのの「スポンサー付きホーロー板」。




良く読めないが2枚ともアリナミン

広告兼用で、つまりは「これ貼ってちょうだい!」と、各企業から寄贈された品らしい。


お洗濯にナショナル洗濯機!ローラーの手回し脱水機の頃のものだろうか?


八瀬のヘルスセンターらしい


ニコニコ・・・何だろう?

ちょっと調べたら、森下仁丹のものは明治43(1910)年から全国の都市に設置されたとありました。

「町名の表示がないため、来訪者や郵便配達人が家を捜すのに苦労しているという当時の人々の悩みに応え、 1910年(明治43年)からは、大礼服マークの入った町名看板を次々に掲げ始めた。当初、大阪、東京、京都、名古屋といった都市からスタートした町名看板はやがて、日本全国津々浦々にまで広がり、今日でも戦災に焼け残った街角では、昔ながらの仁丹町名看板を見ることができる。」 森下仁丹歴史博物館HP~森下仁丹広告の歴史~より引用

森下仁丹歴史博物館
(現実の博物館じゃなくて企業の公式サイト、レトロファン必見!)


仁丹マークの大礼服の人(軍人ではなく外交官だとのこと)が、親切に
←今ココ!
と教えてくれていたのか。


地名も珍しいので採集しがいがある

戦災と戦後の新しい住居表示板の普及で多くが失われる中、京都では今も仁丹町名看板を良く見かけることができるそうな。ちょっとした文化財じゃん!(風俗慣習的なブツ・・・重要有形民俗文化財レベルやね)

アリナミンやナショナル洗濯機は戦後物件だから、仁丹タイプの表示板の伝統が、それだけ色濃く残っているってことだろうか?古いものがしっかり機能を果たしているから、取り立てて新しい物にする必要も無いということか。「保存・保護」と言うより、単に「そのままにしてある」だけっぽいが、だがそれがいい!



新しいものは文字も筆書きではなくツマラナイ

昭和レトロ好きとしてはスルーできない物件として、見かけると写真に収めていましたが、そんな背景があったとは!

これだから京都歩きは止められません。


追記

2階に貼ってあるのは珍しいと書きましたが、百万遍から出町柳駅への途中の駿台百万遍ハイツの斜め前、例のイヤなロバの自販機の設置された家屋2階の戸袋に仁丹看板を発見!御丁寧に1階には新しいものも貼ってありました。








仁丹さんの方が親切で詳しい

更に追記

町名板は残っている京都だが、この手の広告用ホーロー看板は逆にあまり見かけない。景観的に何か制約があるのだろうか?もっと田舎の方に行けばあるかもしれないが・・・。


松山容子が微笑む現役ボンカレー看板(大阪府富田林市にて)

実家の塀に貼って撮影

もらい物
オバサンのコレクション(実家の塀に貼って撮影)

  


Posted by いたのり at 19:47Comments(0)

2010年11月01日

やくそうとちいさなほこら*二条薬町薬祖神祠

二条通のとあるアンティークショップを訪ねたら、目の前に鳥居が!



残念ながらお目当ての店はお休みでしたが、こりゃ面白いわいと眺めてみれば、薬祖神祠とありました。鳥居をくぐるといきなり間口の狭いガラス張りの社殿という不思議な作りで、更に奥のガラス越しに小さな祠があるのが見えます。





薬祖神ってのは確か神農さんのことで、百草を嘗めて薬効を試した伝説的人物ってことしか知らなかったが、後で調べたら、体が透明で毒を摂ると内臓が黒くなって毒判定ができて云々と、なかなか「万国びっくりショー」だった。

Wikipedia「神農」
最終的に毒を摂取しすぎて死んだとか(´・ω・`)


なるほど、中にはお神輿に獅子頭や火炎太鼓とともに、何やら薬草らしきものを口にして鑑定中の神農像・・・の横にヒポクラテスの胸像!!!医術を迷信呪術から科学的なものにした「医学の父」ですから、あっても不思議じゃないかもしれないが、神社に漢方と西洋医術が同居する光景が珍しくも面白い。


ガラス越しに「やくそう」を口にする神農さんの奥に「小さなほこら」(ドラクエかよ!)


神社にギリシア彫刻ってのが「テルマエロマエ的可笑しさ」をかもし出す


良く見れば左隣は漢方薬の会社っぽい。でもって丸窓もレトロな右隣の建物は「二條薬業会館」とある。



で、何で町中(まちなか)にいきなりに薬祖神かと言えば、二条通は、昔から薬業が集中する「薬町(くすりまち)」なんだそうです。



神社から東に烏丸通を越えると、薬屋さんがいっぱい!薬品メーカーから漢方薬局、工業用、業務用問屋と様々です。

主に小沢昭一的夜の効能がありそげな怪しい漢方薬局店頭




カメラを構えていたら、近所に住むらしい御婦人が「二条はくすりまちやから。」と、親切に色々教えてくださいました。


薬品名と祇園祭の粽の競演



食品用薬品専門のお店の前で、「(ここに来る)皆さん、アレが珍しい言わはって。是非、アレも撮りなさい。」と力説して指差す先には、懐かしの仁丹マークのホーロー町名看板(正式名称何?)。







仁丹町名看板自体は、京都市内でたまに見かけますが、設置してあるのが2階窓際!しかも御丁寧に2枚!もちろん写真に収めました。


もちろん普通の薬局もある

5日には薬祖神祭式典・薬まつりが執り行われるそうです。ポスターを良く見て更にびっくり!



神農、ヒポクラテスに、大巳貴命(オオナムチノミコト=大国主命オオクニヌシノミコト)、少彦名命(スクナビコナノミコト)と、和漢洋4体の薬神の祀られた珍しい祠だそうな。スゲー!六・・・じゃない四神合体だ!


薬は良いがドラッグはダメ!

お世話にはまだなってはいないものの、ハルンケアだの皇潤だのが気になりつつある年のオバサンですから、もう一度念入りにお参りしておきました。


仁丹ホーロー町名看板についての詳細記事に続く


  


Posted by いたのり at 22:10Comments(0)